生起日:昭和17(1942)年1月24日(連合軍呼称:マカッサル海峡海戦)

要  因
日本は米の禁輸処置により資源供給の道を絶たれ、その問題を武力行使で解決しようとした結果、真珠湾攻撃を行い米と開戦した。
米に対し、あくまでも有利な状況で和平交渉を模索する日本は、それまで戦闘を継続させる必要が有った。
しかし資源の乏しい日本にとって戦争の継続は困難であった。そこで目を付けたのが東南アジア諸国が保有する豊富な地下資源だった。
速やかに資源の確保をしたい日本軍は攻略部隊を3群に分けて3方向から当初の最終攻略目標であるジャワの制圧を計画した。
その中の1つでオランダ領ボルネオ島攻略の任務を持つ日本艦隊が手始めに同島の東岸に有るバリックパパンの油田地帯を攻略しようと
作戦展開中、これを阻止しようとした米艦隊との間に発生した水上戦闘である。


[日本艦隊]

艦隊名:オランダ領ボルネオ攻略部隊    指揮官:西村 祥治 少将  

軽巡洋艦   那珂
駆 逐 艦    村雨   五月雨   春雨   夕立   朝雲   峯雲   夏雲   海風   江風
哨 戒 艇  第36号哨戒艇  
第37号哨戒艇  第38号哨戒艇
駆 潜 艇  3隻
掃 海 艇  第15号掃海艇 第17号掃海艇  第18号掃海艇 他1隻
輸 送 船 
須磨浦丸   呉竹丸   敦賀丸   辰神丸  りぱぷーる丸  日照丸  愛媛丸  旭山丸
       
球磨川丸  はばな丸  漢口丸  帝龍丸  金耶摩山丸  藤影丸  南阿丸  日帝丸  



[米艦隊]

艦隊名:不明                 指揮官:ポール・H・タルボット 中佐

軽巡洋艦 マーブルヘッド(CL12)(機関故障)  ボイス(CL47)(座礁)
駆 逐 艦  パロット(DD218)  ポープ(DD225)  ジョン・D・フォード(DD228)  ポール・ジョーンズ(DD230)

※米軽巡2隻は進撃中に( )内の理由により海戦には参加せず。


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